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京都地方裁判所 平成6年(行ウ)3号 判決 1999年12月24日

原告

秋元憲之

右訴訟代理人弁護士

岩佐英夫

被告

宇治税務署長 礒野与志嗣

右指定代理人

草野功一

丸谷淳一

原田一信

小林伸一

小田正典

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が平成四年二月二五日付けでした原告の平成元年分の所得税の更正のうち、所得金額が三五六万〇〇八〇円を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告のした平成元年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税の更正(以下「本件更正」という。)に、調査手続上の違法及び所得金額を過大に認定した違法があると主張して、確定申告額を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件決定」という。また、本件更正及び本件決定を併せて「本件処分」という。)の取消を求める抗告訴訟である。

二  争いのない事実

1  原告は、「秋元建設」の屋号で舗装工事業を営む白色申告者である。

2  原告が本件係争年分の所得税についてした確定申告、これに対して被告がした本件処分及び異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表1「課税の経緯」記載のとおりである。

三  争点

1  調査手続の適法性

(一) 原告の主張

被告は、事前通知及び調査理由の開示を行わず、第三者の立会いを拒否するなどしたから、調査手続は違法である。

(二) 被告の主張

(1) 税務調査の事前通知、理由開示について

質問検査の範囲、程度、時期、場所等、実定法上特段の定めのない実施の細目については税務職員の合理的な選択に委ねられており、また、調査理由の開示及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上での法律上一律の前提要件とされているものではないから、本件調査には何ら違法はない。

(2) 第三者の立会排除について

税務職員は、第三者の立会いの下での調査は公務員に課せられた守秘義務に違反するおそれがあるためこれを拒否したものである。

税務調査に際し、調査に関係のない第三者の立会いを認めるか否かについては税務職員の合理的な裁量に委ねられており、本件で第三者の立会いを認めなかったことに違法はない。

2  推計の必要性

(一) 被告の主張

原告は、本件係争年分の確定申告書に、所得金額しか記載せず、収支内訳書等を提出しなかったため、被告は、原告の本件係争年分の申告所得金額が適正か否かを確認するため、税務調査を実施した。

被告の職員(以下「職員」という。)は、平成三年八月二一日から平成四年二月二五日までの間、電話も含めて一八回原告と接触するなどして、調査への協力を要請したが、原告はこれに応じず、職員が原告に直接面接できたのは一回であった。職員が平成三年一〇月八日に、原告方に調査のため臨場した際も、原告は第三者の立会いの下で調査をするよう要求して、調査に協力しなかった。

このように原告は、被告の調査に正当な理由なく協力せず、収入・支出の状況を明らかにする帳簿書類等を提示しなかったものであり、被告は、原告の所得金額を実額で把握することができなかったため、推計により所得金額を算定する必要性があった。

(二) 原告の主張

職員は、事前通知をせずに原告の自宅を訪れ、原告の仕事が忙しいにもかかわらず、一方的に日程調整を要求した。また、調査当日、原告は、民主商工会関係者らを同席させ、本件係争年分に関する帳簿や資料を準備して調査に臨んだにもかかわらず、職員は立会人排除を求めるのみで、資料を見ずに調査を打ち切ったのであって、原告から調査を拒否した事実はない。その後も、職員は原告が不在のときを狙って電話をかけてきたり、原告の自宅を訪れた。

したがって、原告が被告の税務調査に協力しなかったとはいえないから、推計の必要性はなかった。

3  推計の合理性

(一) 被告の主張

被告がした原告の本件係争年分の所得金額の推計には、次のとおり合理性がある。

(1) 同業者の抽出基準

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する宇治税務署長及び隣接地域を所轄する茨木、枚方、伏見、右京、奈良、大津、水口の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争年分において、次の<1>ないし<8>の条件を満たす全ての者を抽出のうえ報告するよう通達した。

<1> 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。

<2> 舗装工事業を営んでいること。

<3> 前記<2>以外の業種目を兼業していないこと。

<4> 事業所が茨木、枚方、伏見、右京、宇治、奈良、大津及び水口税務署のいずれかの管内にあること。

<5> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

<6> 売上金額が五四〇〇万円以上、二億一六〇〇万円未満であること。

<7> 事業専従者が一名であること。

<8> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(2) 同業者の選定件数及び同業者率の内容

右通達により抽出された同業者の総数は一〇名であり、その売上金額、売上原価及び一般経費の額、算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費を控除した金額)、算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)、算出所得率の平均値(以下「平均算出所得率」という。)は、別表2「同業者一覧表」(以下「別表2」という。)記載のとおりである。

(3) 同業者の抽出過程

右(1)の抽出基準により抽出した同業者は、業種、業態、事業所の所在地及び事業規模等において原告と類似性を有しており、しかも、青色申告者であるから、売上金額等の算定根拠となる資料は正確である。また、その抽出過程は、大阪国税局長の発した一般通達に基づき、各税務署長が機械的に抽出したものであるから、その抽出に当たって恣意の介在する余地はない。

したがって、右(1)により抽出された同業者の算出所得率の平均値を用いて原告の本件係争年分の事業所得金額を推計したことには合理性がある。

(二) 原告の主張

原告は、本件係争年度中の六月に、最大取引先である日進舗道株式会社(以下「日進舗道」という。)から取引を一か月停止され、売上が大きく減少したにもかかわらず、被告の同業者抽出基準には、「災害等により経営状態が異常であると認められる者」が含まれているか否かが明らかではないから、同業者と原告との業態の類似性が認められず、本件推計には合理性がない。

4  本件処分の適法性

(一) 被告の主張(主位的主張)

(1) 売上金額

被告が把握し得た原告の本件係争年分の売上金額は、別表3「原告の事業所得金額(主位的主張)」(以下「別表3」という。)の<1>欄記載のとおり、一億〇八三九万〇八五八円であり、その明細は、別表4「原告の売上先明細表(主位的主張)」(以下「別表4」という。)記載のとおりである。

(2) 算出所得金額

原告の本件係争年分の算出所得金額は、別表3の<3>欄記載のとおり一二九五万二七〇七円である。右金額は、同表<1>欄記載の売上金額に、前記のとおり算出した別表2の<4>欄記載の同業者の平均算出所得率一一・九五パーセントを乗じて算出した。

(3) 特別経費(支払利息)

原告が、本件係争年分に京都中央信用金庫城陽支店に対して支払った借入金に係る利息の金額は、別表3の<4>欄記載のとおり一一万〇八九四円である。

(4) 事業専従者控除額

原告の本件係争年分における事業専従者控除額(妻の秋元明美〔以下「明美」という。〕に係るもの)は、別表3の<5>欄記載のとおり八〇万円である(争いがない)。

(5) 本件係争年分の総所得金額

原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)は、別表3の<6>欄記載のとおり、一二〇四万一八一三円である。

したがって、右額は本件更正にかかる所得金額を上回るから、本件処分は適法である。

(二) 被告の主張(予備的主張)

仮に、原告の日進舗道に対する売上金額が八七八八万一〇〇六円であるとしても、原告が主張する売上金額を基に算定した本件係争年分の事業所得金額は、別表5「原告の事業所得金額(予備的主張)」の<6>欄記載のとおり、一一八〇万五四三四円である。

したがって、右額は本件更正にかかる所得金額を上回るから本件処分は適法である。

その算定方法は、日進舗道に対する売上金額を除いては右(一)主位的主張と同様であり、売上金額の明細は別表6「原告の売上先明細表(予備的主張)」に記載のとおりである。

(三) 原告の主張(実額主張)

(1) 原告の本件係争年分の収入金額は、別表7「決算調整表」(以下「別表7」という。)の売上欄(番号1)記載のとおり、売上金額一億〇六八一万七七八八円、雑収入五四万九二二四円の合計一億〇七三六万七〇一二円であり、その明細は、別表8第1の1「収入内訳」、同第1の2「収入内訳月別」、同第1の3「売上総収入」、同第1の4「日進舗道(株)の収入について」各記載のとおりである。

(2) 原告の本件係争年分の支出金額(原価、経費、減価償却費)は、次のとおり合計一億〇二八七万四四七七円である。

<1> 仕入

原告の本件係争年分の仕入は、別表7の仕入欄(番号2)記載のとおり、三〇六一万三一四〇円であり、その明細は、別表8第2「仕入」記載のとおりである。

<2> 租税公課

原告の本件係争年分の租税公課は、別表7の租税公課欄(番号3)記載のとおり、一四四万九七〇七円であり、その明細は別表8第3「租税公課」記載のとおりである。

<3> 荷造運賃費

原告の本件係争年分の荷造運賃費は、別表7の荷造運賃欄(番号4)記載のとおり、五四万〇一四八円であり、その明細は別表8第4「荷造運賃」記載のとおりである。

<4> 水道光熱費

原告の本件係争年分の水道光熱費は、別表7の水道光熱費欄(番号5)記載のとおり、四六万八〇四一円であり、その明細は別表8第5「水道光熱費」記載のとおりである。

<5> 旅費交通費

原告の本件係争年分の旅費交通費は、別表7の旅費交通費欄(番号6)記載のとおり、九一七〇円であり、その明細は別表8第6「旅費交通費」記載のとおりである。

<6> 通信費

原告の本件係争年分の通信費は、別表7の通信費欄(番号7)記載のとおり、四五万一五八二円であり、その明細は別表8第7「通信費」記載のとおりである。

<7> 広告宣伝費

原告の本件係争年分の広告宣伝費は、別表7の広告宣伝費欄(番号8)記載のとおり、三〇万九五一五円であり、その明細は別表8第8「広告・宣伝費」記載のとおりである。

<8> 接待交際費

原告の本件係争年分の接待交際費は、別表7の接待交際費欄(番号9)記載のとおり、一一五万七六三九円であり、その明細は別表8第9「交際費」記載のとおりである。

<9> 損害保険料

原告の本件係争年分の損害保険料は、別表7の損害保険料欄(番号10)記載のとおり、二五五万五四一二円であり、その明細は別表8第10「損害保険料」記載のとおりである。

<10> 修繕費

原告の本件係争年分の修繕費は、別表7の修繕費欄(番号11)記載のとおり、九四五万六二七五円であり、その明細は別表8第11「修繕費」記載のとおりである。

<11> 消耗品費

原告の本件係争年分の消耗品費は、別表7の消耗品費欄(番号12)記載のとおり、五〇四万九九五七円であり、その明細は別表8第12「消耗品費」記載のとおりである。

<12> 福利厚生費

原告の本件係争年分の福利厚生費は、別表7の福利厚生費欄(番号13)記載のとおり、一三四万八三九三円であり、その明細は別表8第13「福利厚生費」記載のとおりである。

<13> 給料賃金

原告の本件係争年分の給料賃金は、別表7の給料賃金欄(番号14)記載のとおり、一九八八万〇七五〇円であり、その明細は別表8第14「給与」記載のとおりである。

<14> 外注工賃

原告の本件係争年分の外注工賃は、別表7の外注工賃欄(番号15)記載のとおり、一九四六万九六九一円であり、その明細は別表8第15「外注費」記載のとおりである。

<15> 利子割引料

原告の本件係争年分の利子割引料は、別表7の利子割引料欄(番号16)記載のとおり、一六万五八四六円であり、その明細は別表8第16「利子割引料」記載のとおりである。

<16> 地代家賃

原告の本件係争年分の地代家賃は、別表7の地代家賃欄(番号17)記載のとおり、五一万二〇〇〇円であり、その明細は別表17「地代家賃」記載のとおりである。

<17> リース料

原告の本件係争年分のリース料は、別表7のリース料欄(番号19)記載のとおり、一六万〇一七〇円であり、その明細は別表8第19「リース料」記載のとおりである。

<18> 雑費

原告の本件係争年分の雑費は、別表7の雑費欄(番号20)記載のとおり、一二六万二四九七円であり、その明細は別表8第20「雑費」記載のとおりである。

<19> 減価償却費

原告の本件係争年分の減価償却費は、別表7の減価償却費欄記載のとおり、八〇一万四五四四円であり、その明細は別表8第21「減価償却費明細」記載のとおりである。

(3) 原告の本件係争年分の事業所得金額は、別表7の所得金額欄記載のとおり、右(1)の金額から、右(2)の金額及び専従者控除額八〇万円を差し引いた三六九万二五三五円である。

第三争点に対する判断

一  争点1(調査手続の適法性)について

1  前記当事者間に争いのない事実、証拠(甲一、三〇九、三一〇、乙一七、一八、証人二宮徳浩、同秋元明美の各証言、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認定することができる。

(一) 原告は、肩書地において、「秋元建設」の屋号で舗装工事業を営み、その所得税については宇治税務署に白色申告している者である。

(二) 宇治税務署の金松統括官は、原告が提出した昭和六三年分ないし平成二年分の所得税の確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるか否かを調査する必要があると認め、二宮徳浩調査官(以下「二宮」という。)に調査を命じた。

(三) 二宮は、平成三年八月二一日に原告宅を訪れたが、原告は不在であったため、明美に、昭和六三年分ないし平成二年分の所得税の調査に来た旨を告げたところ、明美は原告に伝えておくと返答した。二宮は、明美に対し、同月二八日に調査に伺うので、その際に所得金額の計算の基礎となった帳簿書類等を準備しておいて欲しい旨を原告に伝えるよう依頼し、その旨記載したメモを明美に渡した。

(四) 明美は、同月二六日、宇治税務署に電話をかけ、職員に対し、同月二八日は都合が悪い、明日再度連絡すると伝えた。さらに、明美は、同月二七日、宇治税務署に電話をかけ、二宮に対し、原告の仕事の都合で調査の日程調整ができない旨説明したため、二宮は、同月三〇日か同年九月二日にこちらから電話連絡をするので、日程調整をしておいてほしい旨依頼した。

(五) 二宮は、同年九月二日、原告宅に電話をかけたところ、明美は、原告は早朝から夜遅くまで仕事をしているので調査の日程調整ができない旨返答するだけであったため、調査日を決めることができなかった。

(六) 二宮は、同月九日に原告宅に電話をかけたところ、明美は、今週は忙しくて時間がない旨述べたため、同月一七日に電話をするので、それまでに調査日を決めておいて欲しい旨頼んだ。

(七) 二宮は、同月一七日、原告宅に電話をかけたが、原告は不在で、明美が、原告はいつも夜遅くに帰るため、調査日の都合がつけられない旨返答した。そこで、二宮は、調査日が先に延びていつになるかわからない状態であれば、被告の方で独自に調査を進めざるを得なくなると説明し、原告にその旨伝えるよう依頼した。

(八) 二宮は、同月一八日、同月一九日に、原告宅に電話をかけたが、いずれも不在で連絡がつかなかった。

(九) 二宮は、同月二〇日に、明美から同年一〇月八日なら日程の都合がつく旨連絡を受けたため、同日午前一〇時に原告宅に臨場することに決めた。

(一〇) 二宮は、丹羽久隆調査員とともに、同年一〇月八日午前一〇時に原告宅に臨場し、原告に対し、身分証明書を呈示したうえ、申告所得金額の確認のために来た旨説明したところ、原告は、同席していた城陽久御山民主商工会の事務局長ほか三名の立会いの下で調査するよう要求した。二宮は、公務員の守秘義務を理由に第三者の退席を求めたが、原告は退席させる意思がない旨答えたので、このような状況では調査をすることができないと判断し、午前一〇時二〇分ころ、同所を辞去した。二宮が帰ろうとした際、明美は、第三者の立会いの下で調査をすること、以前の調査のような不当な調査を行わないことを望む旨の請願書を読み上げた。

(一一) 二宮は、同日午後、原告の取引先に対する反面調査を開始した。

(一二) 二宮は、同月二八日、原告宅を訪れたが、原告は不在だったため、明美に、早急に調査日を決めて連絡をして欲しい旨の原告への伝言を依頼した。

(一三) 二宮は、その後も原告から連絡がなかったため、同年一一月五日、原告宅に赴いたが、原告は不在であったので、明美に、今後調査に協力する意志があるのかどうかを原告に確認し、第三者の立会いなしに帳簿書類等を提示してもらえるのであれば、連絡をして欲しい旨依頼した。

(一四) 二宮は、原告から連絡がなかったので、同月一八日、原告に今後調査に協力する意思があるのかどうかを確認するため、原告宅に電話をかけた。しかし、原告は不在であり、明美からもはっきりした返事がなかったため、同人に対し原告の意思を確認するよう再度依頼した。

(一五) 同月二〇日、原告から電話があったので、二宮が、第三者の立会いなしで調査に応じるのか確認したところ、原告はこれに答えず、仕事が忙しいので年内は会えないと説明した。これに対し、二宮が、時間の都合がつけば連絡するよう頼んだところ、原告はこれを承諾した。その際、原告は、「調査のときには前と同じように第三者の立会いをしてもらう。」と述べたため、二宮が、第三者の立会いがある状況では調査ができないこと、帳簿書類等による実額での確認ができない場合、自分の方で把握し得た資料に基づき推計により更正をせざるを得ないことを説明すると、「しょうがないね。」と返答した。

(一六) 二宮は、同年一二月五日に原告宅に電話をかけ、明美に、申告税額と反面調査に基づく税額との間には三年間で約四〇〇万円の差があること、このまま調査に協力しない場合は更正をせざるを得ないことを説明した。そして、原告の所持金額が反面調査に基づく金額にならないというのであれば、調査の日を決めて、帳簿書類等を提示して欲しい旨述べたところ、明美は、原告に伝えておくと答えた。

(一七) その後、原告から連絡がなかったので、二宮は、調査への協力を要請するため、平成四年二月七日、原告宅に赴いたが不在であった。

二宮は、同月一二日に、原告宅を訪れ、明美に対し、調査の結果を説明し、調査に協力し、帳簿書類等を提示するよう要請したが、明美はこれに応じなかった。そこで、二宮は、このような状況では更正をせざるを得ない旨説明したところ、明美は原告に伝えておく旨返答した。

(一八) 二宮は、同月一四日、明美から同月二一日に調査に来て欲しい旨の電話連絡を受けたが、既に確定申告の時期に入っており、その相談に訪れる納税者の応対で忙しいため臨場できない旨説明し、調査に応じるのであれば、同月二一日に帳簿書類等を署に持参するよう頼んだ。これに対し、明美は「そうですか。主人と相談してみます。」と答えたが、同月二一日以降も原告から連絡はなかった。

そこで、被告は、同年二月二五日付けで本件処分をした。

2  原告は、被告は事前通知、理由の開示を行わず、第三者の立会いを拒否するなどしたから、調査手続は違法であると主張する。

しかしながら、所得税法二三四条による税務調査における質問検査の範囲・程度・時期・場所、調査の理由の開示の有無・程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがないから、これらについては、質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまると認められる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されるところ、右1認定の事実によれば、原告は、二宮の調査への協力依頼に対し、誠実な対応をしなかったし、また、平成三年一〇月八日の調査については、予め双方で合意してその日を決めていること、二宮は、本件調査の理由として、同年八月二一日明美に対し、昭和六三年分から平成二年分の所得金額の確認であると、同年一〇月八日原告に対し、申告所得金額の確認であるとそれぞれ説明していること、原告は、調査の行われた同年一〇月八日には、第三者の立会いを要求するなどして調査に非協力的な態度をとり続けたことから(第三者の立会いを認めるかどうかは、税務職員の合理的裁量に委ねられている。)、二宮は、原告に対する質問調査によっては、その所得金額を確認することができないと判断し、やむを得ず反面調査を実施したものであることが認められるから、本件調査は社会通念上相当な程度にとどまるものというべきであり、所論の違法があるとは認めがたい。

したがって、本件調査手続に違法はない。

二  争点2(推計の必要性)について

前記一に説示したとおり、原告は調査に対して非協力的な態度をとり続け、帳簿書類等の提示に応じなかったものであり、右のような原告の非協力的な態度からすれば、その協力の下にその所得金額を実額で把握することは困難であり、独自の調査(反面調査)による推計の方法によって原告の本件係争年分の所得金額を算出したことは相当であり、推計の必要性があったものというべきである。

三  争点3(推計の合理性)について

1  証拠(乙一ないし一六、証人仲谷良嗣の証言)並びに弁論の全趣旨によれば、前記第二の三3(一)(1)(同業者の抽出基準)、同(2)(同業者の選定件数及び同業者率の内容)の事実及び同業者の抽出にあたり、通達に定められた基準に該当する者は、全て機械的、正確に選び出されており、恣意が介入する余地はなかった事実が認められる。

右認定の事実によれば、被告の設定した比準同業者の抽出基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、売上金額の近似性等からして、同業者の類似性を判別する要件としては一般的合理性を有しているし、右抽出基準に該当するものは全てが機械的、正確に抽出されている。また、比準同業者は、いずれも青色申告者であり、しかも、経営状態が異常な者や更正等に対して不服申立をしている者を除外しているから、売上金額等の正確性がかなりの程度担保されているものということができるし、さらにはその抽出件数は一〇件で、十分普遍性を有しているものと認められるから、本件係争年分の同業者平均算出所得率の算出方法は合理性を有するものということができる。

2  これに対し、原告は、本件係争年度中の六月に、最大取引先である日進舗道から取引を一か月停止され、売上が大きく減少したという特殊事情があるにもかかわらず、被告の同業者抽出基準には「災害等により経営状態が異常であると認められる者」が含まれているか否かが明らかではないから、原告との業態の類似性が認められず、本件推計には合理性がないと主張する。

しかしながら、本件のような同業者平均所得率による推計の方法(いわゆる平均値による推計)の場合には、その特質からして、業種、業態、事業所の近接性、売上金額の近似性等といった基本的要因において同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存する程度の営業状況の差異は、その計算の過程において捨象されるものと考えてよいから、差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著でない限り推計の合理性を是認してよいと解することができる。そして、確かに、原告は、日進舗道に対して年間九〇〇〇万円近い売上金額を挙げているところ、本件係争年度中の六月分の売上は一〇万五〇一三円であり(乙一九。後記のとおり、七月欄記載の取引金額は六月分の支払である。)、これは他の月と比してかなり低額ということができるが、原告は同時期に城陽市から工事を請負い、六月分として九五万七九〇〇円を売上げていること(乙三四、証人明美の証言)、日進舗道から取引停止を受けていた期間は一か月に過ぎないこと、原告は確定申告において、その所得金額を、昭和六三年分は三二二万四八八〇円、平成元年分は三五六万〇〇八〇円、平成二年分は三七一万二一八〇円としており、右取引停止処分の影響は大きくないと見られること(弁論の全趣旨)からすれば、かかる売上の一時的減少は、同業者間に通常存在する程度の差異の範囲内ということができるから、推計を不合理ならしめる程度の特殊事情にあたるとは認められない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

四  争点4(本件処分の適法性)について

1  本件係争年分の推計による所得金額について

(一) 売上金額

被告は、原告の本件係争年分の売上金額及びその明細は別表4記載のとおりと主張しているところ、原告は日進舗道に対する売上について八七八八万一〇〇六円の限度でこれを認め、その余の売上先及び金額については認めている(なお、原告は、内田公昭に対する売上金額を被告主張額を上回る二一七万五〇〇〇円と主張している)。

証拠(乙一九)によれば、日進舗道は、被告の反面調査に対して、平成元年一月から同年一二月までの原告の日進舗道に対する売上金額は九〇四七万五九一九円(うち、仮払い一三万二五〇九円、安田火災保険分預かり四八万四三三四円)であると回答していることが認められるけれども、証拠(甲一二の各枝番、証人秋元明美の証言)並びに弁論の全趣旨によれば、原告と日進舗道との間の取引は、月末締めの翌月一五日払いの約定であり、右回答の一月欄記載の取引金額は前月の昭和六三年一二月分の支払であると見られること、日進舗道が作成し原告に交付した支払伺書(甲一二の各枝番)からは、平成元年一月分から三月分までは、本来支払われるべき売上金額から一〇〇〇円未満の端数を値引き(合計一三〇八円)して支払われた形跡があることが認められるから、本件係争年分の原告の日進舗道に対する売上金額は原告主張のとおり八七八八万一〇〇六円と認めるのが相当である。

したがって、原告の本件係争年分の売上金額は一億〇六四一万二七八八円を下らないものというべきである。

(二) 算出所得金額

右売上金額に、別表2の<4>欄の記載の平均算出所得率一一・九五パーセントを乗じて本件係争年分の算出所得金額を算出すると、一二七一万六三二八円となる。

(三) 特別経費

(1) 被告は、原告の本件係争年分の支払利息(京都中央信用金庫城陽支店に対するもの)一一万〇八九四円を特別経費として控除しているところ、原告は、別表8第16記載のとおり、被告主張額を上回る利子割引料を主張しているから、支払利息額は、一一万〇八九四円を下らないものということができる。

(2) なお、原告は、<1>重機・ローラー等の減価償却資産の償却費、<2>給料及び外注工賃を特別経費として計上していないことを理由に、本件推計は違法であると主張する。しかし、舗装工事業においては、これらの経費は売上金額と密接な相関関係を有するから(弁論の全趣旨)、これらは一般経費として右(二)の平均算出所得率に織り込み済みであるということができるので、これらを特別経費として別途計上していないことから直ちに本件推計が違法となるものではない。

(四) 事業専従者控除額

原告の本件係争年分における事業専従者控除額が八〇万円であることは当事者間に争いがない。

(五) 所得金額

したがって、原告の本件係争年分の推計による総所得金額(事業所得金額)は、一一八〇万五四三四円となる。

右総所得金額は、本件更正にかかる所得金額を上回るから、本件更正及び右所得金額を基に賦課された本件決定は、原告において、これが真実の課税標準額及び税額と異なることを主張立証(実額反証)しない限り適法となる。

2  実額反証について

(一) 推計課税がなされた場合には、課税庁が反面調査等によって把握し得る売上金額の範囲には自ずと限界があり、実際には納税者の売上金額には相当の捕捉漏れがあることも十分予測され、課税庁の主張する売上金額は、推計の合理性を基礎づける事実として、あくまでもその額を下らない売上金額があったというものにすぎないから、実際の売上金額に合致するとは限らない。したがって、納税者が売上金額及び必要経費が実額であることを立証しない限り、真実の所得額が推計による所得額よりも過少であることを立証したことにはならないというべきである。右のように解しても、被告に推計課税の方法を採らせたのは、前記のような原告の調査への非協力によるものであるうえ、課税標準である所得を算定する要素である売上金額及び必要経費は、納税者である原告の支配領域内で起こる事柄であって、それらの具体的内容は、原告の最もよく知るところであり、この点についての主張・立証は容易であると考えられるから、原告に過重な負担を課するものということはできない。

(二) ところで、原告において、実額(真実の課税標準額)を立証するためには、その収入・支出を明確にした会計帳簿等を継続して作成・保存し、且つその帳簿等の真実性・正確性が原始記録によって確認できることが必要であると解するのが相当である。

原告は、売上金額を立証する証拠として、京都府商工団体連合会作成のシート式簡易帳簿(甲四の各枝番、以下「本件帳簿」という。)を提出し、さらに、支払伺書(日進舗道に関するもの、甲一二の各枝番)、領収書控え(日進舗道、内田公昭〔市番食堂〕、京阪建設株式会社、大和住宅株式会社、東本一謙〔東本建設〕に関するもの、甲一四ないし一七の各枝番)、金融機関の入出金状況を記載した預金通帳等(甲五ないし一一の各枝番)を提出している。

しかし、証拠(甲四の各枝番、一八六の4、証人秋元明美の証言、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認定することができる。

(1) 本件帳簿の表面は、日、摘要、現金の取引(入金、出金、残高)、現金以外の損益取引(手段、金額)、科目別集計の各欄から成っており、現金の取引及び現金以外の損益取引について、金額と共に損益科目の分類番号を記入し、科目別集計欄に各損益科目ごとに集計した合計額を記載する形式になっている。

したがって、現金取引の入金のうち損益科目番号を付したものの合計(A)、現金取引の出金のうち損益科目番号を付したものの合計(B)、現金以外の損益取引のうち損益科目番号を付したものの合計(C)を加えると、科目別集計欄の数値の合計(D)と一致する仕組みになっている。

また、本件帳簿の裏面は、各月ごとの科目別集計の累計額を記載する形式になっている。

(2) 本件帳簿への記帳は明美が担当していたところ、同人は、取引の都度ではないが、何日かまとめて右帳簿に売上・支出の全てを正確に記載していたと述べる。

しかし、本件帳簿の平成元年二月一一日欄(甲四の1No6)に記帳されている出金(二四九八円)は、一年前の昭和六三年二月一一日付けの「五本松食品」の領収書(甲一九七)に、同年七月四日欄(甲四の1No28)に記帳されている出金(五〇〇円)は、一年前の昭和六三年七月二日付けの「是重金物株式会社」の領収書(甲一八六の4)に、それぞれ基づくものである。

右認定の事実によれば、本件帳簿には、昭和六三年分の支出が平成元年の同月同日又は近接する日の出金欄に記載されているという不自然な点があり、本件帳簿は、出入金に近接して、継続して記帳されたものではなく、出入金の日から一年以上後に、領収書等をもとに作成されたことが強く推認される。この点について、明美は、前記のとおり、出入金の都度記帳するわけではなく、二、三日後にまとめて記帳することもあった旨供述するが、たまたま混入した前年度の領収書に基づいて間違って記帳したものであれば、右(1)認定の本件帳簿の性質上、帳簿上の合計額と現金残高とを照合すれば記帳の間違いはすぐに判明すると思われるにもかかわらず、右記帳を訂正しないまま、その後も記帳を続けていることからすれば、本件帳簿は、現金残高との照合も全く行われていない杜撰なものと認めるのが相当である。以上からすれば、本件帳簿の正確性は疑わしいといわざるを得ない。したがって、本件帳簿は、前記の継続して作成・保存された帳簿等に該当しないと認められる。

また、原告の提出した領収書控えは、本来五〇組綴りのものであるところ、そのうち四ないし七枚を提出しているにすぎないこと、原告は、被告主張の売上以外に安井三津明に対する売上(三三万円)を主張しているが、右売上についての領収書控えは提出されておらず、領収書を作成しない売上が他にも存在することが十分想定されること、右同様に金融機関の口座に入金されない現金による売上が存在することも十分考えられることからすれば、支払伺書、領収書控え及び預金通帳をもって、原告の全ての売上金額の立証があったものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) まとめ

以上のとおり、原告による売上金額(実額)の立証は不十分であり、原告の実額反証の主張は、既にこの点において失当であるから、原告による実額反証によって、前記推計を覆すことはできないことは明らかである。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年八月二〇日)

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山本和人 裁判官 平井三貴子)

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

同業者一覧表

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別表3

原告の事業所得金額(主位的主張)

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別表4

原告の売上先明細表(主位的主張)

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別表5

原告の事業所得金額(予備的主張)

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別表6

原告の売上先明細表(予備的主張)

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別表7 決算調整表 秋元建設 【京都地裁・口頭弁論による補正後】

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別表8

補正なし

第1の1 【収入内訳】

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補正なし

第1の2 【収入内訳月別】01(1989年分)

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<省略>

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補正なし

第1の3 【売上総収入】01(1989年分)

<省略>

第1の4 【日進舗道(株)の収入について】(1989年分)

<省略>

第2 【仕入】02(1989年分)

<省略>

第3 【租税公課】03

<省略>

第4 【荷造運賃】4

<省略>

第5 【水道光熱費】05

<省略>

第6 【旅費交通費】06

<省略>

第7 【通信費】07

<省略>

第8 【広告宣伝費】08

<省略>

第9 【交際費】09

<省略>

第10 【損害保険料】10

<省略>

第11 【修繕費】11

<省略>

第12 【消耗品費】12

<省略>

第13 【福利厚生費】13

<省略>

補正なし

第14 【給与】14(1989年分)

<省略>

<省略>

第15 【外注費】15

<省略>

第16 【利子割引料】16

<省略>

第17 【地代家賃】17

<省略>

第18 【専従者控除額】18

<省略>

第19 【リース料】19

<省略>

第20 【雑費】20

<省略>

第21 【減価償却費明細】(1989年分)

<省略>

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